今、『AIの時代』ではない。

久しぶりのブログ更新です。新しく加入した増田選手がブログ担当を引き受けてくれて、ようやく更新の兆しが見えてきました(笑)

最近はSNSもあまり動かしていないので、「最近どうなの?」「フットゴルフ場の進捗は?」と聞かれることが少なくありません。近況にも触れながら思考の共有をしていきます。

いま私は、フットゴルフ場のオープンに向けた動きと並行して、AIや情報の領域に深く触れ、業務の合理化やシステムの開発、あるいはその試みを続けています。

AIの進化は尋常ではないスピードで、日々驚きと、正直なところ恐怖すら覚えます。最先端で研究している会社自身が「スピードを緩めるべきだ」と警鐘を鳴らしていたほどです。今の当たり前が半年後、1年後にはひっくり返り、今できないことが当たり前にできている。そういう時代が、ごく普通に来るのだと思っています。

ただ、これはよく考えることなのですが、私は「AI時代」というものは訪れないと思っています。逆張りに聞こえるかもしれませんが、一つ問いを立てます。皆さんは今、自分が「スマホ時代」を生きていると意識しているでしょうか。

ガラケーからスマホへ転換した頃、私はちょうど中学生で、あの転換期を目の当たりにした世代です。数年の移行期には「スマホ時代」という言葉も確かに聞きましたが、今やスマホは空気のように当たり前で、誰も違和感なく使いこなしている。AIも一定の水準で同じ状態に落ち着くはずで、近い将来、AI時代とは誰も言わなくなる。

個人的に信頼している経営者や学者の書籍やYouTubeを最近多く見ていて、自分なりに総括するとこうなります。AIが浸透していく時代だからこそ、リアルで熱狂を生むコミュニティが加熱する。ないものねだり、隣の芝は青い。時代は繰り返します。AIが加速する一方で、人と人とのつながり、コミュニケーション、共通言語、熱中できるもの。そういうものに、むしろ価値が集まっていく。

これはスポーツに深く関わっている私にとって非常にポジティブな予測です。野球を中心に熱狂を生むイベントを開催していたり(今年も甲子園でやります!)、フットゴルフのクラブチームも運営していて、約3年が経つ今年、本拠地を兼ねたフットゴルフ場をオープンします。

イーロン・マスク氏が、テクノロジーの発達によっていずれ人間が仕事をしない世界が来ると本気で語っている記事を見ました。盲目的に信じるつもりはありませんが、時代が向かっている方向としては、そうなるのだろうとも思います。人は一人では生きていけないとよく言われますが、物理的にも精神的にも、私たちの営みのほとんどは多くの人の労力の上に成り立っている。だとすれば、テクノロジーが労力を肩代わりするほど、残るのは「人とつながる理由」の方です。

さて、これから毎月私の回が来ることを考えると、ここで溜まっている話を全部吐き出してしまうとネタ切れになるので、今日は久しぶりということもあり、フットゴルフの話に絞ります。AIやテクノロジーの話はまた別の回で。

熱狂を生むコミュニティの一つになり得るのがフットゴルフだとするなら、この競技にはもっともっと市場の成熟が必要だと、私ははっきり提言します。

SNSがこれだけ発展した時代、いつ何の拍子で競技がバズり、定着のきっかけをつかむかは、予測できない部分の方が大きい。戦略的に仕掛けて狙う動きも考えられますが、はっきり言って現時点でその可能性は薄いと見ています。そして仮にバズったとしても、その先の設計ができていなければ一発屋にすらなれない。フットゴルフに多くの人の関心が向いた瞬間に、プレーする環境、見る環境、応援する環境、応援される状態が整っていなければ、それは取り返しのつかない機会損失になります。

時代の移ろいは速く、昔と違って子供からシニアまで、幅広い層が多くのスポーツを選択肢に入れられる時代です。だからこそフットゴルフにも入り口としてのチャンスがあり、裏を返せば、すぐに別の競技へ移られる危うさも同時に抱えている。日本人の人口が減っているのにどの競技でも好成績が出ている、つまり能力値が上がっているのは、一つのスポーツに固執せず、適性がないと判断すれば他へ移る、それを周囲も良しとする文化が育ったからではないか。そういう仮説を立てている方がいて、私はおおむね賛同しています。競技は選ばれる側になったということです。

話を戻します。フットゴルフの市場は成熟しなければならない。これは協会だけの話ではなく、選手を含めた全ての関係者が意識すべきことだと思います。今よければ何でもいいのか。「子供たちのために」と建前で口にしていないか。私はよくよくそういうことを考えます。

どう見ても、フットゴルフの競技人口のピラミッドは美しくない。サッカーを引退した人のセカンドキャリア、という説明はよくされますし、私自身もよく言われます。否定はしません。ただ、30代後半からの参入だけに依存すれば年齢層は固定化しますし、正直エンターテインメントとしては弱い。次世代を担う子どもたちや女性の参入がもっと厚く、週末に集まるだけではないものになっていかない限り、興行として成立するのは難しい。

興行、つまりエンターテインメントにならなければ、競技の持続、選手のレベルの最大化、選手層の拡大のどれにもつながらない。いつまでも「本気の趣味の延長線」を辿ることになる。内側のプレーヤーがどれだけ頑張っても、応援する人とお金がついてこなければ、「結局は趣味だよね」という評価は覆りません。残酷ですが現実です。

誤解のないように先に言っておきます。趣味として楽しむ方、趣味としてのポテンシャルは、土台として本当に重要ですし、私たちの活動でも肯定的な事例は数多くあります。競技の側面、興行の側面、趣味の側面は不可分一体です。私がここまで言うのは、そのうち興行の側面だけが、あまりにも弱いと感じているからです。

「趣味で何が悪いの?」と開き直るなら、それも一つの立場です。ただその場合、今後プレーする場所が減っても文句は言えないし、「普及と発展」などと聞こえのいい言葉だけを口にしないでいただきたい。多くの時間を費やして考え抜き、本気で実現しようとしている人たちに対して失礼であるだけでなく、その速度を鈍らせる癌になり得ます。同じ競技をしていても、進む道は全く違います。

フットゴルフが生き残る道は、興行になる、そこを目指す一択だと私は思っています。今、本気で盛り上がっていると言えるでしょうか。後発でスタートした競技が大きなスポンサーを獲得し、メディアに取り上げられて盛り上がっている姿を見るたびに、私はどうしたらフットゴルフもこうなるのか、とすぐに考えを巡らせると同時に、複雑な感情を覚えます。

よく比較されるゴルフを見れば一目瞭然です。選手が企業に所属しながら活動時間を与えられ、企業の広告PRとイメージアップを担い、多額の賞金をかけてプレーする。その一打、一挙手一投足に観客が息を呑み、熱狂が生まれる。その環境があるからこそ、スクールからアマチュア、シニアまで多くのキャッシュポイントとビジネスモデルが生まれ、多額の費用がかかるゴルフに親が納得して子供をベットさせられる。構造が熱狂を作り、熱狂が構造を支えている。

近々スクール事業を立ち上げますが、「それをやって何になるのか」と自問したとき、「プロになりましょう」と声を大にして言えない現状が正直あります。

競技者のアッパーを決めるのは、選手の姿そのものです。競技の普及と発展を真に願うなら、選手の皆さんはそのことをもっと自覚しなければならない。

何を見てサッカー選手や野球選手に憧れましたか。それに今、あなた自身は近いですか。

その上で、私がかねてより着目しているのが団体戦です。ビジネスモデルは同じでも、ゴルフやサッカーとは一味も二味も違う熱狂がそこにはある。熱狂の種類が違うのです。人と人とのコミュニケーション、つながり、一体感、連携。どの視点で見ても団体戦は秀でていて、参入のハードルが低いという競技特性と掛け合わせれば、ポテンシャルは相当なものです。勝ち筋があると断言できるのは団体戦だと考えています。私たちはクラブとして世界一を掲げているので、世界で団体戦の動きが着実に進んでいることは嬉しく、原動力にもなっています。プロセスも含めてお見せし、結果を残すことで、一つの形を示したい。

環境を構築し、用意し、仕掛けるビジネスサイド。表に立ち、憧れの対象となる選手。両輪でもっと考え、もっと巻き込んでいかなくてはいけない。

これは「もっと競技がうまくなれ」という話ではありません。それは当然の前提ですし、そこから生まれる需要もある。ただ、そこを追求して勝利に近づいたとしても、普及や発展に直結するとは思っていません。現状の公式戦で価値を積み重ねた先に、競技がどう広がっていくのか。それをロジックで説明できる方がいれば、皮肉でも何でもなく、本当にお話ししてみたい。実際にそちら側の思考を理解したいと思ったことは何度もあります。

ですが、今のフットゴルフ界から地位や名誉、プライドを取り去ったとき、何が残るでしょうか。

目に見える出費や労力は計算しやすく、目にもつきやすい。家族や会社の理解を得て活動している方ほど痛感しているはずです。土日の試合に費やす時間とお金、練習に費やす時間とお金。それは何かの代償、誰かの我慢の上に成り立っている。では、その対価として得ているものは何でしょうか。綺麗事を抜きにして、それが自己満足の範疇を出なかったとき、未来に向けてポジティブな要素だと言えるでしょうか。他の競技、他の趣味と常に天秤にかけられる一競技の最前線にいる選手が、「それで問題ない、先は明るい」と本気で言い切れるでしょうか。

根拠に乏しい。私はそう思っています。だから私はやり続けているのです。

同志や仲間、活動を加速させられるパートナーが欲しいとはかねてより思っていますし、この業界に選手を送り出している身として、ずっと複雑な心中でもあります。やらなければ変わらない。待っていても変わりそうにない。それが現時点での暫定的な事実だと思っているので、風呂敷を広げ、背伸びをしながら3年間やってきました。

業界を取り巻く構図は一元的には語れず、選手もそれぞれの立場や関係値から物事を見なくてはならない場面があるでしょう。ただ、それは事象であって本質ではない。真に未来を見て、競技の先を思って行動する。その思いの部分こそが本質です。

できることから少しずつやっていくしかない。いいものは残しながら、変えるべき部分はリスクを負ってでも動くしかない。何かを得ようとする行動にリスクはつきものですし、痛みが伴うのも当たり前です。リスクも痛みも許容しない、それでも業界の発展や普及は願っている。それはあまりにも都合が良すぎるし、パフォーマンスにすぎない。いわゆるテイカー気質の強い状態で、そこに人間的な魅力があると言えるのか、少々疑問が残ります。

もちろん全員が行動を起こせるとは思っていませんし、その必要もない。ただ、「組織や団体は人の器以上にはならない」。私は何度かそう教わってきました。フットゴルフに当てはめても同じで、関係者と選手の熱量と技術以上に、思いを紡いでいくほかないと思っています。

開催地が固定化し、減少していく中で、参加する選手は増えたでしょうか。顔ぶれが入れ替わり、脅威となる選手が毎年現れる仕組みがあるでしょうか。新陳代謝がうまくいかず、年齢層が上がり、質の高い、格式の高いコンペに近づいてはいないでしょうか。冷静に考えて、真にメジャースポーツを願うなら、そんな業界がどこにあるでしょうか。

フットゴルフのいい面、楽しい面、コンペの楽しさは当然私も知っていますし、そこだけ語れと言われればいくらでも語れます。ただ、誰かが警鐘を鳴らさなければならないし、危機感は皆さんと共有し続けなければならない。それが創成期を担う一人としての自覚だと思っています。選手か関係者かは関係ない。自分がした行動は必ず自分に返ってきます。自分のためだけにやりすぎた尻拭いは、いずれ自分たちがすることになると断言します。

毎週とは言いません。毎月一人、誰か新しい人を巻き込む。競技者なら競技者を一人増やす。関係者なら半年に一人、知人の経営者や企業の人を連れてくる。それだけで1年後、3年後、5年後の景色は変わっている可能性が高い。できるかできないかではなく、しようと思うか、するかしないか。まだその段階にあると思っているので、皆さんで作りに行くべきだと私は考えます。

冒頭の話に戻りますが、AIがあらゆる仕事を代替していく時代に、それでも人が残すものは何か。私は「熱狂」だと思っています。効率で測れないもの、合理性の外側にあるもの。それは自動生成できない。人が集まり、誰かの一打に息を呑み、勝敗に一喜一憂する。その熱を作れるのは、いまのところ人だけです。

フットゴルフがその熱狂の受け皿になれるかどうかは、競技の性質ではなく、関わる人間の器で決まる。

考えは違えど、競技や競技者の未来を本気で考えていらっしゃる方であれば、志は同じと考えます。その中での考え方の違いはむしろ幅となり、深みとなります。

変わってほしいと願うのではなく、変えてやるぞと。それぞれの立場でできることは何かを真剣に考え、それを最大化した先に、皆さんが願う世界が待っているのだと思います。

私見をつらつらと述べましたが、言ったことは全て私自身にも返ってくると思っています。

私は私のできる最大限を追い求め、遂行し続けます。

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